遠州と鳥島は繋がっている 前編
時は遡ること江戸時代享保4年ーー遠州荒井(静岡県湖西市新居町)から出航した船が九十九里浜沖で遭難し、鳥島に漂着する大事件が起きました。
この日を境に12名の船乗りが鳥島でのサバイバルを余儀なくされたのです。幸いにも、船の食料が残っていたので数日間はそれで食い凌ぐ事ができました。
当時は鳥島の名前の通り、島を埋め尽くす程のアホウドリが生息しており、手持ちの食料が尽きてからも暫くは飢えに苦しむ事はありませんでした。
警戒心もなく動きも鈍かったので、手掴みで捕えられた事が大きかったです。
しかしアホウドリの恩恵も、子育て期間のたった数ヶ月間に限られます。アホウドリは渡り鳥だからです。
何度もお伝えしてきた通り、火山島の鳥島には水はおろか、草木も殆ど生えていないので、他に目ぼしい生き物は見当たりません。魚を捕まえたくても断崖絶壁なので、とても漁はできませんでした。
因みに鳥島の海域は航海ルートから大きく外れているため、通りかかった船に救助されるまでに彼らは20年も待つ事になりました。
この絶望的なサバイバルを生き抜いた秘訣には、以前の記事で紹介した「前漂流者が残した優しさ」以外にもう一つの理由があります。
それは奇跡的な神様からの贈り物だったのですが、何だと思いますか?
答えは次回にて。
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